事務局長の独り言 地元マンションでの活動情報

2024年11月24日

活動報告

マンション生活を始めたのは生協での現役生活を終了した後、家内が同様に生協を退職したのを機会に、「これからはマンション」と言い始め、さいたま市桜区中島の一軒屋を貸家にして、南区内谷の新築マンションを購入したのが発端。
ところが、そのマンション、長谷工コーポレーションが設計管理・建築・販売をしていたが、ゼファーの子会社の大阪の近藤建設株式会社がオーナーだった。
当時は、盛んに様々な建設会社はマンション経営に乗り出したミニバルブだった。
ゼファーは販売不振から子会社の近藤建設を倒産させ、やがてゼファーも倒産となった。
そのことで、買ったマンションは、94戸中、34戸が売れ残り、会社清算人によって叩き売りの状況が生まれ、マンションの中を建設業者、マンション業者などの不動産屋さんが動き回る状況が生まれた。
せっかく買ったマンションが大変だと、既に購入した居住者に文書を作成した投かんした。

また、マンション購入者(居住者)によるマンション総会が開催された。
管理委託会社(長谷工コミュニティ)から、管理費が不足しており、販売時に購入者から集めた修繕積立金1戸当たり35万円で充当したい旨の要望が出たが、反対を表明し、結果としては、設計管理建築販売を担当した長谷工コーポレーションが未販売物件を全て買い取り、責任をもって販売を行うこととなった。

若狭は、生活基盤である地元マンションで、3期目で立候補し、理事長を務め、また、理事会として規約を改正して役員任期を2年とすることと、決算期を7月~6月であったものを、1月~12月として、3月に総会を開催して役員の期間を4月から2年間と設定した。
若狭はその後、第第9期~12期の理事長をやり、第13~14期は大規模修繕委員会の委員長を務め、一般的には12年目で行う大規模修繕工事を14年半で実行した。

結果として、第9期~第12期の理事長を務め、13期~14期理事会で大規模修繕専門委員会委員長として、大規模修繕工事に携わった。その後、第15期~第16期で理事長就任した。
その後、17期~18期は大規模修繕および理事会から距離をおいて、一居住者として過ごした。
第19・20期の役員改選にあたり、理事会の役員改選に関する候補者に対する未経験者に限るとの条件提示に異議を感じ、立候補を行った。
全体総会での役員候補に立候補を「認めるか否か」という議題では組合員の理解を得て選出された。

マンション本体の東側壁面、ツタが繁り過ぎ、4箇所のツタ刈りを実施。
その後、シルバーさんが敷石。その後、空いた空間の両脇の手前に伸びたツタが気になってきた。現在(2026/5/24)、手入れ中。

一区画だけでこんなに!
手前の剪定後
手前の剪定前
玄関から右側奥を望む
手前は未剪定、奥2区画剪定
手前は未剪定、奥2区画剪定
手前2区画の剪定完了
奥の2区画は未剪定
敷石後の道路側にはみ出したツタ
砂利敷の後
ツタを刈取り、砂利敷の前

軽く考えて作業をしたが、なかなか大変。4日間かかりました。45㍑ポリ袋8杯。
地面に玉石でも撒きましょう。

玄関ロビーでお小水粗相 緊急対応で水洗処理

2026年5月14日(木)午後2時~3時のハプニング(小学生?)

マンション壁際のツタの繁茂の剪定、玉石を撒きましょう!

こんなに繁っていたんだ!!
剪定後は覚えておりません!!

第3期 「理事会だより」第1号~第8号 理事会報告と併せて発行(今は昔)

2011年(第1回)2016年(第2回) 防災訓練を行いました

防災担当の大西さんが張り切って、埼玉県に1台しかない起震車を借りられました。

防災特集 南区主催の防災訓練に参加しました(感想文)
 
防災訓練に参加してみて(午前の部)
田崎隆雄(副理事長)、木下正明(防災担当理事)
 
 メロディーハイムのマンションからは副理事長の田崎と防災担当の木下が参加しました。
平成23年8月27日(土)午前7時30分、さいたま市域を震源とする直下型地震が発生した。
地震の規模は、マグニチュード6.9と想定され、さいたま市は震度6強の揺れにみまわれた。
地震による被害は甚大で、市内のいたる所で家屋の倒壊、道路の寸断が生じ、ライフライン等の施設にも大きな被害が及ぶと共に建物の倒壊、及び火災による多数の負傷者が発生する事態となった。
 
 という想定のもとに、我々は一旦集会所に集まり、地元自治会のみなさんと一緒に内谷中学校まで避難することになります。
10分ほどで中学校へ到着すると、 会場内の煙体験ハウスや起震車などには人が群がり、体験するのにも時間がかかります。
各自治会の皆さんが校庭に集まりはじめ、本部テント前に整列する。自治会・自主防災組織の代表者は、受付テントに参加者名簿を提出する。避難が完了した時点で、各代表者が区災害対策本部長(区長)へ避難完了報告を行う。
 さて、そこで我々が何をすべきか、前もって仕事の内容を自治会において知らされており、その割り当てられた作業をこなすことになります。
倒壊家屋救出、救護班、炊き出し、仮説トイレ組立、応急救護、ロープ取扱、救援物資受入、初期消火、その他もろもろ。
我々は倒壊した建物から閉じこめられた人を助け出す仕事です。崩れかけた建物には数本の柱が今にもその家を押しつぶすかのように寄りかかっていて、その柱を2人一組で移動し、中に閉じこめられている人を助ける重要な任務です。
その柱がじゃまな場合はノコギリで切るのも一仕事。
中に入っていたのは原寸大の人形2体、それら(その人たち)を担架に乗せて救出するのだが、人形では重さが実感出来ず、消防署員の方に実際担架に乗ってもらったが、「やはり人間は重かった」。
ここで皆さんに笑いが起きる。
その担架の作り方の講習も受け、1時間ほどで終了しました。その後の楽しみとして食料の配布、これがなかなかのもので、アルファー米と呼ばれる避難食、クロワッサン、緑茶ペットボトル、ソイジョイ、これらが結構うまいのですよ。
さて、後半はさいたま市消防団員による実際の倒壊家屋への放水訓練、その後防災ヘリコプターでの地上と空と無線交信して災害情報の収集を行いました。訓練スケジュール最期は、住民代表者からの訓練終了報告、および講評が行われ、11時半頃に訓練は終了しました。
 
内谷中学校の避難所生活を体験して(夜間訓練)
 
 午前の部の防災訓練が終わり、午後は3時30分から内谷中学校の体育館内で夜間の避難訓練が行われました。
この訓練は翌日の朝までが訓練になるので、人が集まらなくて自治会長が頭を悩ませていたらしい。
この訓練の2日前に会長から私に電話があり、「今日中に区の方へ届けないと困るので、後一人何とか頼みますよ」。それもそのはず体育館にブルーシートを敷きその上に寝るのだから、うーん、悩むよなー。結局は受けるはめになってしまったのである。
 午後3時半に受け付けを済ませ、自分の役割のカラーシャツを着せられて、その場所に移動する。
班は5つに分けられる、総務班(青色)、情報班(緑)、救護班(橙色)、食料班(赤)、物資・環境班(空色)。私は物資・環境班に回され、初めて顔を合わす人ばかり8人でした。 
4時には活動が開始される。
業者からの物資の受取、ティッシュ箱、香取線香、毛布などの配布。ゴミ処理場の設置、簡易トイレ及び発電機の用意、虫除け網の設置など。
先ず手始めに体育館内の窓に網を取り付けることから始まった。クーラーがないので窓を開け放し、その開いた窓へ網を取り付けるのですから、正直面倒な仕事でした。
体育館の床には班ごとにブルーシートが敷かれ、寝る場所には各自治会の札が掲げられ、寝る時だけは5丁目の自治会の方と一緒になることができました。
午後6時になると食料の配布、屋外で大きな鍋2つを用意し、そこへレトルトカレー80人分ほどが煮立ったお湯の中へ運ばれる、これもまた結構いけますね。そして食事後の大量に出るゴミの後片付け。
午後7時過ぎから消防職員による講話、実際3月11日の東日本大震災の経験者がスライドを交えて説明してくれました。
午後8時半自由時間になるが、皆さん疲れが出てきて言葉も少なめに眠気が襲ってくる。
 
午後10時消灯、就寝。区の職員さんが夜中に2回ほど夜回りしてくれる。
毛布は一人3枚提供してくれるが、暑いので床と枕にする程度、そうこうしているうちに周りでは寝息をたてる音が、しかし、それはこれから始まるであろう壮大なオーケストラの序章に過ぎなかったのです。
数分過ぎたあたりから「いびき」という騒音を聞かされるはめに陥ったのである。
私とて、とても眠れる状態ではなかった。中には我慢出来ずに家に戻った人もいました。
初めての経験とはいえ、体育館の床に寝るなんてありえない事だと思っていたが、実際、東北の震災に遭われた人のことを思えば、これも経験として体に覚えさせておくのもいいのではないかと思いました。
 
翌朝は5時起床なのだが、皆さん早めに起きては後片付けをする人、皆さん早く帰りたいのだろう、それがひしひしと伝わってくるのです。
私も早く起きて、昨晩張った虫除けの網の取り外しにかかり、早く片付けが終われば早く帰れるだろうと単純に考えていたのだが。
避難所の後片づけ清掃、ラジオ体操と進み、楽しみの朝食が待っている。今朝は、クロワッサン2個、ソイジョイ、カロリーメイト、りんごジュースなど。
食べずに持ち帰る人が多く、そのまま運営リーダーから最後の挨拶が「このような団体生活においては時間を守らないと困ります、まだ、寝ている方もいますので、もう少し思いやりをもって下さい」。
そんな挨拶を受けながらの解散となりました。耳が痛かった。やっと、終わった。
 
 田崎さん、木下さんお疲れ様でした。
 集団避難生活が大変だと言われますが、「いびき」の被害で大変だという半面、安心していびきがかけなくて大変だという話も聞きます。お互い様とはいうものの、現在のマンションの方々が全員避難した場合のことを想像するだけでも大変だと思います。ペットの問題もあります。東北の大地震は千年に一度だから後千年来ないから安心だという話もあります。関東大震災は直下型ですから、大きな津波は来ないかもしれませんが、関東大震災の来たころからみると、様々なライフラインが出来ています。これがズタズタになったことを考えると、いびきなんぞ幸せのうちだと言えれば良いのですが。 気を引き締め直さなければと思います。                      理事長 若狭良治

2010、2011年 第3期理事会で理事長、規約を改正 任期2年に変更提案

マンション大規模修繕などに思いを馳せる

メロディーハイム武蔵浦和プライムフィールド大規模修繕工事 完成図書
2022年3月28日

新築から14年半の劣化状況

その際の大規模修繕工事作業提案書

地元のマンション・フェースブック

工事者名やコスト比較などは非掲載にしています。

埼玉建設新聞 2019年(令和元年) 6月11日 (火曜日)

メロディーハイム武蔵浦和 29日に公開説明会

全事業者が対象に 2022年大規模修繕を実施

【写真説明】 若狭理事長

【さいたま市】
メロデハイム武蔵浦和プライムフィールド管理組合(若狭良治理事長)は2日、2022年に
予定する大規模修繕工事に向け公開説明会を開催する。
 時間は午前10時~正午
 場所は内谷5丁目自治会集会場(さいたま市南区内谷5丁目3)となっている。
 参加者は建設会社・工務店・設計事務所・コンサルタント・単体事業者 塗装・外壁・足場・
通信など)・共同事業体など全事業者が対象。
 当日は理事長が工事範囲をはじめ、設計・施工の発注方法、管理についての提案を求める説
明会終了後、マンション見学会も予定している。
 提案内容は10~20年先を見据えた改修・管理が鍵となる。
 若狭理事長は、「例えば通信環境は現在と10年前とでは全く違う」と話した上で「マンシ
ョンは当然古くなる。
 常に新しく使うためには、新時代に即した利用方法や設備環境などを見据えたソフト面と運
営が大切」と語る。
 さらに同理事長は「マンションの未来を語ってくれるような夢のある提案」を期待。
 「現在の管理会社にこだわることなく将来的に発展できる意見を広く公募したい」と全事業
者からのあらゆる提案を熱望した。
 またマンションだけでなく駐車場の改修も視野に入れている。
 同理事長は「現在の機械式立体駐車場もどんどん古くなるが、将来的には利用者が減少す
る」と話す。
 そこで一部駐車場で故障が出始めたことに触れた上で「どうなるのかなど、いろいろな話を
聞いてみたい」と話す。

マンション(さいたま市南区内谷5-4-14)はRC造10階建て1戸。
2008年3月に竣工した。
駐車場は機械式。
建物診断の結果、床や外壁、屋上防水などに不具合が確認できたことから、
15年を迎える2022年に大規模修繕へ踏み切る方針を全体総会で決定した。
8日開催の理事会で同理事長は「提案事業者と共に成長するマンションに育てたい。
良いアイデアを提案していただけたら幸せ」と語った。

問い合わせ・申し込みは同組合の若狭理事長宛て (melodyheim_mansion@saitama.zaq.jp)

企業名・部署名・参加者氏名・職名・連絡先を明記してメールする。

第1回大規模修繕工事終了後の外観 上のファイル 提案書と見比べてください。

第1期からの理事会報告 第3期から2年任期に変更

マンションでのペット飼育と狂犬病などの予防接種に関わる問題の解決について理事会の対応(下記)

第15期(理事会報告・大規模修繕補修等 中庭通路改善工事など)第14期報告含む

第2期(理事会報告) 

 第1期(理事会報告は「理事会だより」(=この期のみ)
  2008年3月より入居開始 理事会は2008年7月に全体総会で発足。
  順調な船出とはならなかった。

「メロディーハイム」の近藤産業が自己破産
 帝国データバンクの発表によると、東証1部上場のゼファーの100%子会社である近藤産業(井澤康平社長)は5月30日、大阪地裁へ自己破産を申請し、受理された。
 同社は2004年(平成16年)設立。
 その後、経営難に陥り、2004年9月にゴールドマン・サックス証券会社グループが完全子会社化し、2006年にゼファーが買収した。
 関西圏を中心に「メロディーハイム」マンションを手がけていた。
 しかし、昨年来の不動産市況の急変で苦境に陥り、ゼファーの支援も限界に達したことから今回の自己破産申請となった。
 2008年3月期の売上高は199億円で、当期損失23億円を計上していた。負債は約322億円。(牧田司 記者 6月2日) 

マンション「メロディーハイム武蔵浦和プライムフィールド」の新築・入居の前後の動き

 私たちは3月に完成したマンションとして入居を開始しましたが、世の中はマンションのミニバブル状態を過ぎた頃で、和t士たちのマンションも販売不振になっており、値引き販売が始まっていた。
 入居開始の3月時点で35戸ほどの未販売がある状況で、販売・建主の近藤産業が倒産。
 7月に最初の全体総会が招集された。

 その際に、管理委託会社である長谷工コミュニティから管理費が不足しており、購入時に管理費の一時金として一戸から35万円を徴収していたが、その費用から不足分を負担して欲しいとの申し入れがあった。
 一居住者である若狹が、入居している全戸に対して文書を作成して配布した。内容は、前荷主の近藤産業から受注してこのマンションの設計・監理・建築を受けおった長谷工コーポレーション、販売をその系列子会社の長谷工アーベストで行い、管理運営を委託している長谷工コミュニティが全ての責任を負い、事態の収束をすべきと主張し、第1回の全体総会で、管理費問題等の提案を否決資した。
 その後、長谷工コーポレーションが破産管財人が方針としていた未販売住戸の販売に関して長谷工コーポレーションが一括して買い取り、長谷工アーベストを通じて販売することになった。また、そのことから、その以前に決定していた管理委託していた長谷工コミュニティが継続することでまとまった。
 そのことで未販売戸は以前の販売価格よりも1000~1500万円の値引き状態で販売された。
 若狹は約5000万円で購入した同レベルの住戸は3500円となった。
 しかし、ひと騒動の後の決着ということで一件落着となった。

 
近藤産業の倒産に関する情報
 近藤産業(株)(大阪市中央区伏見町4−1−1、設立平成16年9月、資本金8億円、井澤康平社長、従業員41名)は、5月30日大阪地裁へ破産手続開始を申し立てた。申立代理人は坂東司朗弁護士(東京都中央区築地1−7−13、坂東総合法律事務所、電話03−3542−7890)及び綾克己弁護士(東京都千代田区麹町3−5−1、ときわ法律事務所、電話03−3222−7850)。負債総額は322億5800万円。
 同社は、関西を中心に分譲マンション「メロディーハイムシリーズ」などを展開する不動産業者。
 平成17年2月、前身企業である近藤産業(株)(守口市、創業昭和42年1月、設立昭和55年4月、ケイエスエルキュー(株)に商号変更し平成17年3月解散)から会社分割を受け、同18年1月には東証1部上場企業である(株)ゼファー(東京都中央区)の傘下に入った。
 同年3月期は年商189億5248万円を計上したのに続き、翌19年3月期には年商277億円に拡大していた。
 しかし、サブプライムローン問題に端を発した不動産市況の急激な悪化や、改正建築基準法の影響による住宅着工の遅れなどから業況は悪化。
 近時は大幅な値下げ販売も行っていたものの、多数の売れ残りが生じるなど販売計画が大幅に狂い資金繰りが逼迫。
 今後の運転資金調達が困難となったことから今回の措置となった。
 なお、親会社(株)ゼファーはこれに伴い、貸付金78億8500万円、債務保証39億9600万円、合計118億8100万円の回収不能のおそれが生じたと公表している。