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2025年10月4日

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近藤吉信さんからのネパール・レポート

2025年12月15日(レポートします)

図・写真説明
図‐1:1994年初訪問時のネパール:2025年と異なる点は①人口3000万人②王政から民主共和制 の2点
写真-1:勝部使節団とCounter Partの皆さん
写真-2:左から①馬でヒマラヤ探訪②首都カトマンヅの大気汚染計測実演指導③首都の街並み・牛,ゴミ,建築資材,露店,客で道路を占拠
写真-3:ニランジャン3世帯(2025年10月ころ)
写真-4:結婚25周年祝い
写真-5:退院概要
図‐1:1994年初訪問時のネパール:2025年と異なる点は①人口3000万人②王政から民主共和制 の2点
緯度は沖縄・面積は北海道の2倍・東西1000㎞・南北350㎞と長方地形のネパールは(図―1),
(1)三角形国旗
(2)世界最高峰エヴェレスト
(3)80%がヒンヅー教徒の農業国且つ歴史遺産・ヒマラヤ連峰を有する観光立国で,国土の約8割が丘陵・山岳地帯,南北の断面を見ると,南はインドと標高0mの亜熱帯,北は8000m級のヒマラヤ連峰で中国に接し,ほぼ対流圏をカバーする地形.
1950年の鎖国解除以降も独裁・放漫王政に,マオイストが農村地帯に跋扈・10年に及ぶ武力闘争の結果,2008年王政崩壊・連邦民主共和制に移行,2025年若者Z世代台頭(全国平均年齢25歳)・初の臨時女性首相誕生・女性平均寿命が男に並ぶ,と牛歩ながら民主化をたどり,2026年は後発開発途上国(LDC:Least Developing Country)から卒業出来る見込み?
写真-1:勝部使節団とCounter Partの皆さん
1970年代後半「琵琶湖のせっけん運動」として知られているコープ(生活協同組合:共同購入商品を配送する環境に優しいトラックを共同開発・試用いただいた大切なお客様)で以降もグローバルに環境改善活動を推進された勝部使節団40名(写真-1)に誘われて1994年ネパールの首都カトマンヅに降り立と,WWⅡ敗戦直後の東京様相で,当時現役とは言え,一介のトラック技術者に何が出来るか?途方に暮れた.
約2週間現地の人達と大気汚染対策・女性の人権問題・個人宅にホームステイ・水源地合同キャンプ・馬で2800mヒマラヤ低地トレッキングなど(写真-2)交流を重ねるに従い,清潔・安全・安心・便利からほとんど無縁の世界最貧国訪問にも拘らず,何故か?癒され満たされ,以後25年に亘るリピーターとなった.
2020年以降はコロナと私個人都合で訪ネが途絶えているが,逆に友人たちが日本に来てくれて,細い交流の糸が繋がっている.
その間の交流事情を順不同・不定期に,NPO法人「未来舎」のHPの一隅をお借りして,Least Developing CountryからDeveloping CountryそしてDeveloped Countryへと独自に進化するネパールの「未来」を夢見て,今回は1994年以来,常に行動を共にしてくれた通訳・ガイド・時にボディーガードのMr.Niranjan(ニランジャン)に付いて書き込む.
左から①馬でヒマラヤ探訪②首都カトマンヅの大気汚染計測実演指導③首都の街並み・牛,ゴミ,建築資材,露店,客で道路を占拠
写真-2:左から①馬でヒマラヤ探訪②首都カトマンヅの大気汚染計測実演指導③首都の街並み・牛,ゴミ,建築資材,露店,客で道路を占拠
写真-3:ニランジャン3世帯(2025年10月ころ)
ニランジャンさん
Kathmandu国際空港から車で10分タパタリ町の自宅に3世帯親子(写真‐3:長男・ニール一家4人+次男・クル一家3人)で暮らす70歳の好々爺,初対面時は王宮通りにある観光会社で日本語・英語・インド語・ネワール語を操る通訳.勤勉な努力家で日本語の冗談もうまく,彼我との継続的なCommunicationを可能にする貴重な人物.
日本人のみならず海外からの観光客に人気があった模様.
2003年に結婚25周年,「家族のよりよい未来」を願う赤いティカを額に塗付けて広くはない自宅に一族郎党・歌と踊り(写真-4)で盛上り,ダサイン・ティハール・ホーリー初め大祭を国を挙げて祀する,お祭り好きの国民性が良く表れている.
写真-4:結婚25周年祝い
労働人口の平均年齢も25歳で日本の約1/2,若者の国にも拘らずその若者の失業率が20%と高く,将来のネパールに希望が持てず,子供に海外への道を開くべく2〜3歳の保育園から英語教育が始り小(6年)中(4年)高(2年)学校後に海外の専門学校・大学留学を画すると一連の教育費は家計を切迫して,一人っ子世帯が多い.友人ディラージの一人息子はシドニー大学留学中で夏休みが4か月と日本に比して約2倍もあり,アルバイトで学費の一部を賄える事がオーストラリアを選んだ理由と言う.
 ニランジャンの長男ニールには悲劇が襲った.大阪の日本語学校に留学中,虐めによる精神障害に陥ったと見え,卒業と就職が目前に迫った2009年1月,現住放火・殺人自殺未遂事件を起こし全身火傷の重体・緊急入院,10日後意識回復,24時間警官監視の措置入院・拘置所勾留・刑事裁判を経て年末に強制送還となってしまった.

しかし家族・友人・ネパール風土の威力は薬効を超え,本人の気力も回復,何ともおおらかな人柄のチャンダと結婚・出産を経て,現在は日本留学希望者と日本の大学の橋渡しの仕事に従事している.
その昔,大阪の食材貿易商社社長がただ一度のネパール食材市場調査の際にガイド・通訳として誠心誠意対応したニランジャンに社長はすっかり惚れ込み,この刑事事件解決に特に物質面での全面支援があった.
この支援なしにはニールの復活は無かった.カスタマーには常に一期一会のスタンスを欠かさなかったニランジャンの生き様がニールを救ったともいえる.

 同じころ,「私はニート」を自称する若い日本人女性からネパール交流同行希望があった.
大柄で美人の彼女が肩だしファッションでカトマンヅの街を闊歩すると,行きかう多くの同性(異性ではなく)が羨望の目を向け,肌の露出を嫌うネパール女性の顰蹙を買う?は杞憂に終わった.
帰国前日,彼女は突然「帰りたくない!」,ニートを抜け出す何か?に気付いた模様で,ニランジャン一家に甘えて単身滞在を2週間延長し,帰国後は社会進出・結婚・出産にこぎつけている.
ネパールの風土はメンタル弱者に得も知れず働きかける何か?があると信じている.
 
次男クールの留学先はフィンランドで,学士課程はヘルシンキ大学,アールト大学で修士課程を終了.

専門はComputational-System-Biology.
留学先・専門・パートナーも自ら決めて,独立心旺盛な37歳.
2020年〜日本は第8波に及ぶコロナの波状攻撃を受けたがそのウイルスは医療・衛生環境ではるかに劣るネパールに対しては3波で攻撃を諦めた.2023年には夫婦でヨーロッパ旅行中に舌右側部に異常を感じたニランジャンは帰国後ネパール癌病院を受診,舌癌と診断.部分切除・再建手術を受けて1週間後退院.通院でリハビリ・経過観察中.
退院時,入院から退院までの治療に関するA4-1枚の極めて分かりやすい退院概要Discharged-Summary(写真-5)の提供があった.

私の家族も入退院歴が豊かだが,日本では医師からの口頭説明はあっても,この手のSummary文書は受け取った記憶が無い.
術後2年半,言葉が聴き取り難く,会話に難が残るが,お孫さん共々,歴史遺産豊かな街を元気に散策する姿がFacebookを介して観られ,快癒する日が必ず来ることを祈っている.
写真-5:退院概要

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杉本さん,若狭さん
(1)未来舎会員として,3年間,ネパール地震支援を実施してきました.手前勝手ですが節目の報告をします.添付写真など参照ください.
(2)急な話ですが,4月28日(土)13:00~ 練馬区生涯学習センター にて,大地震3周年追悼映画「カトマンヅの約束」が,
上映される旨,昔の仲間「府川公一」日本ネパール会・理事から連絡がありました.府川さんが受付におられますので,「日本ネパール会関係者」で
無料入場できます.地図添付します.御都合がつきましたら,覗いてみてください.
勝手ながら,宜しくお願いします.
近藤

Nepal大震災支援結果報告    2018-4-25 NPO未来舎・会員 近藤吉信
初めに;2015年4月25日NepalをM7.8の大地震が襲いました.Everestへの基地初め観光産業は大打撃,技術支援を25年続けたとはいえ,一介の老人に何が出来得るか? 直後に視てきました.「日本人観光客を連れて来て!」との定宿の女将の言葉から,勝手にNPO未来舎・主催の「Samanubhuti-Mission」(思いやり使節団)と銘って,この3年間で8回,延べ24名の皆様のご協力で現地訪問支援を実施しました.完全復興に至ったBoadhanath(ボーダ寺院)以外は復興手つかず又は道半ばの被災地が多いのですが,私にとって,節目の3年が経ちますので,ご支援いただいた皆様に結果と今後の計画を報告します.
2.主な訪問地区:観光兼ねて,震源地地域も訪問しました.(赤字で示す)


Nepal大震災支援結果報告2018-4-25NPO未来舎・会員近藤吉信ダウンロード

Nepal大震災支援結果報告2018-4-25NPO未来舎・会員近藤吉信ダウンロード

Nepal大震災支援結果報告 2018-4-25 NPO未来舎・会員 近藤吉信

  1. 初めに;2015年4月25日NepalをM7.8の大地震が襲いました.Everestへの基地初め観光産業は大打撃,技術支援を25年続けたとはいえ,一介の老人に何が出来得るか? 直後に視てきました.「日本人観光客を連れて来て!」との定宿の女将の言葉から,勝手にNPO未来舎・主催の「Samanubhuti-Mission」(思いやり使節団)と銘って,この3年間で8回,延べ24名の皆様のご協力で現地訪問支援を実施しました.完全復興に至ったBoadhanath(ボーダ寺院)以外は復興手つかず又は道半ばの被災地が多いのですが,私にとって,節目の3年が経ちますので,ご支援いただいた皆様に結果と今後の計画を報告します.
  2. 主な訪問地区:観光兼ねて,震源地地域も訪問しました.(赤字で示す)

3.支援内容:多くの有志の方から,(1)総額:¥1415,000の義援金(2)下着類やアクリルタワシ多数の寄贈,(3)小学校で折り紙教室交流(4)現地NGOとの交流など御支援・協力いただきました.

4.義援金などの寄贈先:「寄贈先の顔が見える」をモットーに,NPO未来舎の名前で配布した事例です.

(1)NGO/LEADERS;Nepal 設立30年を迎える環境NGO, 被災後の疫病蔓延などによる死者「ゼロ」達成のため,Kavre地区のHealth Post(村の簡易診療所)の設備・圧力型消毒釜などの充実活動などに義援金を寄贈.

事務局長DhirajとそのStaff:Kavre事務所にて
KavreのHealth Postにて
左端が25年来のガイド:Niranjan

(2)Mr.Bishnu:元LEADERSの計測技術者;20年来の交流.現在はNRCS(Nepal Red Cross Society)
の補給物資管理と運送担当.被災した6畳一間の雑貨店兼自宅で親子4人が生活.店舗改修と長男Mohitの教育資金として義援金を寄贈.

(3)NPO/Tewa(サポートを意味するネパール語)会長:Nirmala KC;Nepal初の女性首相を目指す女性人権向上活動家.Kethmanduに自費でTraining-Center設立,公募した近隣大学の女子大生100名を,放課後,世界中から講師を招聘して教育.その活動支援に義援金を寄贈.

(4)Marigold School;Bhuban校長;20年来の友人:保育園・幼稚園・小中一貫校:新聞紙「兜」の折り紙教室開催交流

失業率50%といわれ,国内に職場少なく,生徒・親とも海外志向強い.授業は全て保育園でも英語.
聞き取りにくく訛りはあるが皆・流暢.生徒数はこの20年で80名から850名に増加.

(5)アクリルタワシの配布:横浜のNPOのSenior-Volunteer制作の環境に優しい食器洗い用,アクリル毛糸タワシを(左:Thrang Rimpoche Boarding School, チベット難民学校),(右:移動の道すがら,街道食堂の調理場)など多数か所に配布.

5.復興状況:垣間見た例を下記するが,復興の格差は著しい.

(1)Jagat Narayan Temple(Bishnu神を祭った由緒あるヒンヅー教寺院は,シッコロ造りの本堂が完全倒壊.歴史遺産盗難防止と思われる防御柵が作られたのみ,再建の兆しは伺えない.(左)震災直前,(右)2018年3月;守護神Garuda,Ganeshなどのみ残存.全世界からの復興救援資金をNepal政府は活用できていない?

(2)Boadhanath(チベット仏教寺院):ダライラマ14世を筆頭に,徹底した世界規模の布教活動が,多額の復興資金を生んだと見えて,僅か3年で完全復興に至った.東日本大震災でも「Pray for Japan」の燈明が寺院を覆い,チベット仏教の尊厳・威光は計り知れず.

2016年3月:震災1年後に早くも復興の槌音      2018年3月完全復興

6.今後の計画
(1)震災発生後3年経過したので,義援金主体の支援は終了します.
(2)年齢(喜寿)・体力・気力・金力に鑑みて,2021年4月までの今後3年間,主として現地NGO:LEADERSのClean Fuel Demonstration Programに,環境技術支援を主体として,歴史遺産・ヒマラヤ・観光含め,交流を継続します.改めて,皆様のご協力に感謝いたします.                    以上

近藤さんからのネパール クリスマスカード
ホーチミン市のレーニン像
ホーチミン市内のオートバイ