事務局長のひとり言 目次

2024年12月8日

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事務局長の独り言

事務局長のプロフィール

EVF 2025年12月25日(講演会:お米の話)

明治大学平和教育登戸研究所を見学して

 事務局長の若狹良治が、1969年3月21日~1991年6月30日の間、勤務した日本生活協同組合連合会のOB会で、2025年11月7日に中央支所2025年秋の交流会を開催しました。
 会場は、「明治大学・平和教育登戸研究所」を見学しました。
 浅学の徒として恥ずかしながらその存在を知らずに1944年8月29日生まれの81歳。勉強になりました。

自動車に関する話題提供のページ – J-FRA(最新情報に更新)

2025 東京モビリティ―ショーの取材を行い、情報をお伝えします。

飼料用米推進に関する講演会(2025/3/5関東甲越・千葉県全日本畜産経営者協会)開催報告

事務局長の飼料用米の活動以前に取組についての紹介

おいしい魚をさがす
生協無漂白かずのこ物語



1989年10月1日 日本生協連指導部 職域生協担当の時、職域生協交流ニュース 情報誌第1号を発行

1989年10月1日 日本生協連指導部 職域生協担当の時、職域生協向けの情報誌を発行しました。
2号の試験誌を発行後、第1号を作成しました。

職域生協交流ニュースの創刊に当って
                            日本生活協同組合連合会
                             常務理事 斎 藤 嘉 璋
 やっと創刊にこぎつけたという実感であります。永年、全国職域生協委員会で職域生協の活性化のための論議を積み重ねて参りました。
 今年の1月の臨時の全国職域生協委員会において、全国職域生協部会の設置を決意し、日生協常務理事会に要請し、常務理事会では要請を受けて検討の結果、全国職域部会の設置の方向について全国理事会に報告し、承認を受けました。
 現在、県連、地連の場で全国職域生協委員、地連職域部会委員を中心にして論議が進んでおります。
 この論議の中から、職域生協にあった組織運営の在り方が提案されてくることと思っております。
 職域生協の主体的な論議にあわせて、日本生協連の事務局として何ができるのかという検討の中で、情報誌の発行が検討されました。
 情報「紙」なのか情報「誌」なのか? 論議されましたが、創刊準備号を2号出し、意見を求めて参りました。
 「内容的に誰を対象とするものなのか」、「このようなタッチで良いのか」など、具体的には「固い」という意見をいただいております。
 今後、発行を重ねる中で、内容的にも掲載の仕方もこなれていくのではないかと思いますが、当面、限られた事務局の力量を駆使して、会員生協の方々のご協力を仰ぎながら毎月発行を目指して参りたいと思います。
 なお、巻末に、要望、提案、報告、質問等の記入できる用紙を綴じ込みました。
 会員生協と日生協事務局の連絡充実のために活用願えれば幸いです。             敬白

1989年10月1日 

職域生協交流ニュースの創刊

職域生協の葬儀事業研究会で知り合った浅草の株式会社萩原が開催する下記の学習会に参加をしました。

1989年9月11日~12日に株式会社萩原の葬儀関係の展示会で業界関係者の啓蒙のために行った講演会での講演を取材したものです。株式会社萩原の好意のより掲載させていただきました。
講演者「稲葉 厚 さん」のプロフィール
昭和12年 静岡県伊東市生まれ
昭和36年 北海道大学卒業後、 大洋漁業入社
昭和39年 アメリカ国務省の全額支給奨学金を取得し、ハワイ大学大学院に留学
昭和45年 アメリカ国務省 :入省
昭和55年 アメリカ商務省に移籍
* 在宅医療福祉協会 顧問
* ホームヘルスケを初めて日本に紹介し、主たる企業各社をアメリカに同行研修させ、導入指導を行ってきた。
* 著書:APPAレポートを中心に4000頁/25冊。


若狹コメント】
 APPAとは、アメリカが日本に経済進出するにあたり、文化の違いが大きく、アメリカの商習慣が日本に当てはまらない場合、その差異を無くすための方策を講じる組織としてAPPAという組織があった。
 現在、その組織はインターネットで検索しても出てこない。
 大使館の商務官が日米の葬儀事業の差異を是正するためにこのような講演会などを行ってきたが、その活動の中で指摘されていたのが、日本は祭壇葬式。

 アメリカは棺葬儀。棺葬儀とは、亡くなった方と棺に納まった状態でお別れをする方法。
 そのために死者の死に化粧(エンバーミング)で死者を美しく飾ることが求められた。
 現在、日本の葬儀屋では死に化粧をするのは当たり前となっている。
 日米の差異を是正することがあらゆる場で行われてきた結果が現状で、役割が終わったのか、APPAという組織は検索では見つからない。

 「アメリカ大使館 商務官 稲葉厚」で検索したら次のような情報がヒットしました。

◆ 「2004.08.27 日本通運、アメリカ在宅医療視察ツアーを主催  日本通運は今年も、米国最大の在宅ケア関連展示会の一つである第25回Medtrade2004視察ツアーを主催する。期間は10月24日から30日の7日間。コーディネーターは、前米国大使館上席商務専門官である稲葉厚氏を予定している。旅行代金は34万8000円(2人1部屋、エコノミークラスの場合)。募集定員は25人。申し込み締め切りは9月24日。視察ツアーでは、オーランドで開催されるMedtrade2004の視察のほか、ワシントンで在宅医療関連機関であるVisiting Nurse Association、National Association of Home Careへの訪問も予定に組み込んでいる。問い合わせは、日本通運首都圏旅行支店 営業第7課「在宅医療デスク」(TEL:03-6251-6357、担当;野田、吉田、傍島)まで。」


卓話 「日本人の価値観、 アメリカ人の価値観」
卓話講師 : 元アメリカ大使館上席商務官 稲葉 厚 様

日本人とアメリカ人の価値観の違いについて “働くこと” に対して日本人は「生きがい、喜び」、アメリカ人は「苦痛、忍耐」という価値観を持っていることや、お金に対しても大きな価値観の違いある等、とても興味深い内容でした。
☆プロフィール
1961年 北海道大学卒業
1964年 アメリカ国務省全額支給奨学金を得て、ハワイ大学大学院(イースト・ウエスト・センター)に留学。帰国後アメリカ国務省入省
1980年 アメリカ国務省から商務省に移籍
2002年 アメリカ商務省退職(アメリカ大使館上席商務専門官)
1992年 ビル・クリントン知事よりアーカンソー州親善大使に任命
1994年 リトルロック市名誉市民に任命
現在   サークコーポレーション代表取締役、(株)ドーモコーポレーション社等、計3社の顧問
著者 : アメリカ諸業界に関する専門書51冊
                                   卓話紹介者: 榎本 昭 会員

上記のPDF資料「職域生協交流ニュース第1号」の25~33頁に下記の稲葉厚さんの講演記録を掲載しています。
▶トレンド情報(日本生協連・職域生協ニュース 掲載)

講演 『高齢化社会と「葬儀」マーケット』1989 年9月11日(月) 浅草ビューホテルにて
稲葉 厚 氏 (アメリカ大使館商務官)

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コープ低公害車開発株式会社

◆1991年7月 日本生協連中央地連事務局次長(組織課長)から生活協同組合コープかながわ(神奈川県横浜市)に移籍。COP3など環境問題に焦点が当たり、組合員活動の中でも関心が高まってきた。
日本生協連草創期からの幹部である勝部欣一さんが、日本生協連の常務からコープかながわ・コープしずおかで組織しているユーコープ事業連合の顧問となっており、電気トラックの開発普及の必要性をリードしてきた関係から、電気トラックへの研究開発・普及の活動へ誘われ、つい、心を動かしてしまった。

全国の有志生協で運営していたコープ電動車両開発株式会社(業務部長)に従事。
電動(電気)トラック(EV)の研究開発の業務に転身しました。
すでに電気トラックの第1試作車は完成しており、第2次試作車、第3次試作車へと進んだが、全国の大多数の配送車両をEVトラックへ変更するのは極めて困難な(コントローラー、モーター、蓄電池がまだまだ改良しなければならない)段階と判断し、全国の有志生協の配達業務の実務担当者との検討会議を積み上げて、当面の実用的な低公害車として、LPG(エルピーガス)を燃料とする内燃自動車に研究開発・普及のポジションを変更した。トヨタ自動車としても初めての他企業との共同開発(これ以降にもない)を行って、LPGトラックを開発しました。

コープ電動車両開発株式会社から枠を広げた段階でコープ低公害車開発株式会社と名称を変更しました。

低公害車としてのLPGトラックの開発と普及

コープ低公害車開発の歴史的役割とは?
生協の低公害車開発・普及への取り組みの意義
DME燃料・自動車の取組(活動)紹介
 「温故知新」古きを訪ねて新しきを知る低公害車としてのLPGトラックの開発と普及

日本で・世界で・最初の電気自動車霊柩車を送り出した経験談

2004年8月29日(60歳誕生日) コープかながわ 定年退職
2006年3月20日までコープ低公害車開発㈱ 代表取締役専務
2006年6月20日まで清算人(COOP・EV解散処理)

コープ低公害車開発㈱の情報機関誌「COOP EV PROGRESS」
2006年2月号(特集 報道に見る16年間の活動)
最後の1年半の発行誌(表紙と目次)

1990年 全国の有志生協が車両の低公害化に立ち上がりました

事務局長の地元での活動(リモートカフェの紹介)
地元(さいたま)の活動 マンション管理組合での経験
「うたごえの思い出や最近の情報」
大学時代の活動紹介
マンション管理組合 理事長と大規模修繕専門委員会委員長などを歴任

地元マンション情報地元情報(さいたま市南区)
過去の取組(活動)紹介
尾崎 豊 肖像画展の思い出

内部資料

▼ 当時(1991年1月)、満45歳。
 1944年8月29日生まれ。一浪・一留の結果として2年遅れで社会人として、日本生協連北海道支所に倉庫番(商品管理係商品検収係:倉庫番=商品入出庫担当、時々、配送担当)として社会人出発。早速、新人訓練で札幌市民生協の北円山店で店舗の商品検収係(掃除・商品の受け取り、店舗の商品管理)。少し早めに対処して豊平川河川敷の自動車教習所で運転免許の実習(当時は、構造・法規・実習)で3時間。家に帰り着くのは9時過ぎ。22日間の研修を受けた。その間、店舗では、みんなより早く帰るのだからと1時間早く店舗に出勤。そんなことから始まった生協職員人生。

【最初5年間は北海道支所】
 (商品検収係 半年。商品受発注 1年半。家庭用品係商品管理主任 半年。室蘭中央生協立て直し人事で半年間=高砂店で商品検収係のはずが、大学出だからと支店長職に。1年の予定が、北海道支所人事の都合で半年で戻り。商品企画係で生鮮(生鮮・塩干・缶詰)商品担当2年間。
【日本生協連・本部で17年間】
 東京本部の事業部商品事業部で生鮮課水産商品企画担当、その後生鮮課長 併せて7年間。
 総務部人事教育担当、人事教育課長、人教育部人教育課長 4年間。
 指導部職域生協担当5年間。この間に職域生協の事業に対応して、食堂事業研究会・冠婚葬祭事業研究会を立ち上げ、職域生協協議会を立ち上げた。
 人事異動により、中央地連事務局次長兼組織課長を半年。
【車両低害化の活動を16年間】
 そこで環境問題に触れ、コープかながわ・コープしずおか が全国有志生協に呼びかけて設立したコープ電動車両開発株式会社に移籍、電気トラックの実用化には時期尚早と判断し、会社名を「コープ低公害車開発株式会社」に変更し、LPG及びDME燃料の低公害車の研究開発、実用化へシフト。
2004年8月29日(60歳誕生日)で、「コープかながわ」を定年退職。
引き続き、コープ低公害車開発㈱の代表取締役専務として2006年3月まで従事。
合計16年間、電動(EV)トラック・LPGトラック・DMEトラックなどを研究開発・普及活動に邁進しました。
2006年3月20日に61歳7か月で生協退職後のコープ低公害車開発㈱を退職しました。


【DME自動車普及推進委員会の活動に従事】
 2006年3月15日、DME自動車普及推進委員会 設立 事務局長 就任
 2006年3月21日、株式会社 北海道自然エネルギー研究センター(NERC)取締役/東京支所長
 2010年4月1日、一般社団法人DME自動車普及推進委員会を組織変更 理事・事務局長
 2012年6月30日、株式会社NERC退任、一般社団法人DME自動車&バイオDME普及推進委員会 退任


【一般社団法人 日本飼料用米振興協会の活動に従事】
 2007年7月~2014年3月 任意団体 超多収穫米普及連絡会発起人、運営委員
     主体的には車両低公害化推進(LPG/DME)の活動を行い、超多収穫米普及の活動へ助力。
     2012年6月30日をもって、NERC、DME関連を退任。
 2014年4月~2015年6月 一般社団法人日本飼料用米振興協会 設立時監事
 2014年5月~    特定非営利活動法人未来舎 副理事長 現職
 2015年3月25日~ 一般社団法人日本飼料用米振興協会 理事・事務局長 現職

【地元の活動】
 2008年3月 マンションに転居
 マンショントラブル発生(総戸数94戸のうち34戸が販売不能・管理費未納で問題発生)
 2008年7月12日 マンション管理組合設立総会で問題提起(議長を務め、方針変更を認めさせた)
 修正意見 
 2010年4月~2012年3月(第3~4期)居住マンション管理組合・理事長
 2016年4月~2018年3月(第9~12期)居住マンション管理組合・理事長
 2018年4月~2020年3月(第11~12期)居住マンション管理組合・理事長
 2020年4月~2022年3月 管理組合大規模修繕専門委員会委員長
 2022年4月~2024年3月(第15~16期)メロディハイム武蔵浦和プライムフィールド管理組合 理事長
 住んでいるマンションの「管理組合理事長」(8年間)および「大規模修繕専門委員会委員長」2年間を合計10年間務めました。
 大規模修繕やその他、不具合が見つかると、単なる復旧ではなく、以前よりも良くするバージョンアップを目指していました。2024年3月30日開催の管理組合定時全体総会で退任しました。

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1991年1月 7月に日本生協連からコープ電動車両開発㈱)(ユーコープ、コープかながわ)に移籍半年前の想い「21世紀を思う」

いろいろありました。