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農業協同組合新聞 2024年4月23日【解題】基本法改正は食料安保をめぐる現場での課題にどう応えようとしているのか 谷口信和東大名誉教授 一覧へ

農業協同組合研究会が4月20日に東京都内で開いた2024年度研究大会「基本法改正の下でわがJAと生協はこの道を行く」の解題と各報告の概要を紹介する(文責:本紙編集部)。

【解題】基本法改正は食料安保をめぐる現場での課題にどう応えようとしているのか 谷口信和東大名誉教授
谷口信和 東大名誉教授

並ぶ抽象的な言葉

改正基本法の致命的な欠陥を3点挙げる。


 1つ目は「食料自給率向上と積極的な備蓄論を欠いた食料安全保障論」であることだ。国内でどれだけしっかり食料を作るか、作る能力を持つかを抜きにした食料安保はあり得ない。これはイロハのイ。それから備蓄をどうするか、正面から議論をしないまま食料安保論を語れるわけがない。しかも備蓄を議論するときには、商社や穀物倉庫がどれだけ持っているかも大事だが、一軒一軒の家庭でどのように備蓄を考えていくのかを抜きに食料安保などあり得ない。
 災害問題でも家庭にどれだけ備蓄をするかを前提に備蓄の議論は始まる。つまり、今回は国民的な議論を欠いているということ。当たり前の原点のところが失われていることが大きな問題だと思う。

 2つ目は地産地消と耕畜連携の位置づけがほとんどないこと。こういう言葉がないまま農業の持続的発展という抽象的な言葉が並んでいる。実態のない「農業の持続的発展」となっている。

 3つ目は「農業の多様な担い手」と耕作放棄地復旧や農地確保の問題について正面から捉えていないこと。将来、担い手は減っていくという認識に立っているだけでなく、では、担い手はどうするのかという理念を持つことが重要だ。

 そのうえで「多様な農業者」について考えると、実は2020年3月に閣議決定した現行基本計画のなかにすでに「多様な農業者」は位置づけられていた。それから4年経ったが、何か状況が変わったのだろうか。何も検証されていない。にも関わらず今回の基本法改正で「多様な農業者」という言葉を入れたということだが、それはどんな位置づけなのか。
 改正法案の第26条第2項は「……多様な農業者により農業生産活動が行われることで農業生産の基盤である農地の確保が図られるよう…」となっている。つまり、多様な農業者がいれば、やがて彼らが高齢になって農業をやめたときに担い手が引き受ける、それまでがんばってもらえばいいという位置づけでしかない。
 そうではなく、その間、多様な農業者をどう支援するかという話につながって初めて、食料安保を担保できる多様な農業者という位置づけとなり、それなら、なるほどと納得できるようになる。しかし残念ながら、そうはなっていない。つまり、ただの農地の管理者でしかない。農地の管理であれば作物を作らなくてもいい。現在でも保全管理という方法があり、少なくとも草を生やさないようにすればいいということはある。しかし、それでは食料安保は担保できない。
 もっとも大きな問題は「選別的な担い手政策に変更はない」と繰り返し言っていることだ。これは農水省だけでなく残念ながら大臣もこれに近いことを言っている。つまり、担い手政策は基本的に変わらないということだが、法案には多様な担い手を位置づける。そうなると説明と法案にズレがあることになるが、その厳密な検証はしないまま法案を通そうというのが実際だと思う。

消えた「適正な価格」

 今日のテーマの一つでもある「適正な価格」については、生産者も消費者も期待したが、改正法案には一言も出てこない。すべて「合理的な価格」で押し切っている。
 実は議論の時に使われた言葉は、生産資材価格が高騰した分の「価格転嫁」だった。その結果、適正な価格形成問題が出てきたと皆思っている。
 しかし、改正法案では「合理的な価格」であり、それは現行法のまま。つまり現行法を変えてないことを意味する。
 「合理的な価格」の含意は、農産物価格は需給事情と品質評価を適切に反映して形成されるということだが、これは価格形成のなかに農家の所得を保障するような文言を含んではいけないということであり、現行基本法を制定したときの理念、価格政策と所得政策は分離するという考えが貫かれている。
 「適正な価格形成」という言葉の意味は、実は「適正な形成」なのであり、価格は「合理的」に決めるというのが農水省の考え。つまり、「合理的な価格を適正に形成する」ということである。担当者によると、適正な形成という意味は、費用について、きちんと誰にも説明がつく合理的なものであるかどうかを確認することであり、確認した費用について関係者の間で協議し、どのように価格に反映していくかを検討することだという。
 そこには農業者の所得はどうなるのかという問題はない。本来大事なことは、合理的であるかどうかではなく、費用等の議論を通じて農業者の再生産が図れるような水準に価格が設定されるかどうかだろう。
 しかし、消費者がアクセスできる食料価格と農業者の再生産保障価格は一致する保障はない。しかも最大の問題は価格は変動するものだということを前提にすれば、価格だけで所得を保障することはできない。それを踏まえると価格の変動にとらわれずに安定した所得が得られるように財政的な所得保障をどこまで国が行うのか、これを考えていくべきだろう。

農業協同組合新聞 2024年4月22日【2024年度研究大会】基本法改正の下 わがJAと生協はこの道を行くを開催
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 農業協同組合研究会は4月20日、東京・日本橋の「サロンJAcom」で2024年度研究大会「基本法改正の下でわがJAと生協はこの道を行く」を開催した。オンラインも含めて約70人が参加し、現場の実践から考えた今回の基本法改正の問題と今後の課題を議論した。

サロンJAcomで開かれた農協研究会
サロンJAcomで開かれた農協研究会

改正法の致命的欠陥

今回の研究会のサブタイトルは「現場での対応を通して基本法改正を照射する」。基本法改正案は一部修正のうえ前日の19日に衆議院を通過した。
その基本法改正案について研究会の谷口信和会長が最初に「基本法改正は食料安保をめぐる現場での課題にどう応えようとしているか」と題して解題を行った。
 そのなかで改正基本法の致命的な欠陥として「食料自給率向上と積極的な備蓄論を欠いた食料安全保障論」を挙げた。
 現行法では、食料自給率目標は、その向上を図ることを旨とし、農業生産と食料消費の「指針」と位置づけられているが、改正法案では「指針」の位置づけはなく、また食料安全保障の確保に関する事項とともに定めるとされており、国会の審議でも食料自給率目標の「格下げ」ではないかとの指摘は野党から出ている。
 谷口氏は「国内でどれだけしっかり食料を作る能力を持つかを抜きにして食料安全保障はあり得ない。イロハのイだ」と指摘、また、備蓄をどうするのか正面からの議論がない食料安保論を語れるわけがない、と問題点を突く。とくに備蓄はそれぞれの家庭がどう備蓄するかをという問題も含まれるはずで、その議論がない。「つまり、国民的な議論を欠いているということ。食料安保の原点が失われている」と指摘した。
 また、地産地消や耕畜連携といった具体的な地域農業への取り組みに言及しないまま、農業の持続的な発展という抽象的な言葉に終始している点を挙げる。
 さらに「多様な農業者」については改正法案で位置づけられた(第26条第2項)ものの、それによって「農地の確保が図られる」とされており、農地の確保に貢献するという「ただの保全管理者」の位置づけであり、食料安保における位置づけは与えられていないとし、しかし一方では、不測時に食料増産を要請することができるようにする食料供給困難事態対策法案では、多様な農業者も政策対象とするという「チグハグさ」も強調した。
 そのほか農業者サイドが期待したコスト上昇分の価格への転嫁について改正法案では「価格転嫁」も「適正な価格形成」の文言はどこにもなく、結局は現行法と同じく、需給と品質を反映して決まることを基本とする「合理的な価格の形成」とされている。
 これをめぐる問題として「適正な価格」には「農業者の所得が補償される価格」との含意があるが、「合理的な価格」にはそれがないことであり、たとえば農業者が求める再生産が保障される価格になる保証はないという。谷口氏はこうした問題点を踏まえて、「農業者の所得確保は財政支出に基づく直接支払いによって行われるべき」と強調した。

適正な価格 「提携」で

 生活クラブ連合会の加藤好一顧問は「適正な価格形成を考える」と題して同連合会によるJAとの「提携」の取り組みを報告した。
 生活クラブは生産者と消費者が分断されている現状を変えようと「生産する消費者」という理念を掲げ、援農などを含めた生産者との交流会に力を入れてきた。参加者は年間7万~8万人程度になるという。加藤氏はこのような活動参加者を「アクティブな組合員」と位置づけ、こうしたアクティブな組合員による農業現場への理解がなければ「適正な価格は実現できない」と話す。
 価格を考える際の前提として、多くの生協や量販店が「より良いものより安く」と考えるが、生活クラブは「素性の確かなものを適正な価格で」としている。内橋克人氏が提唱した自分で考え行動する「自覚的消費者」を増やしていくことと、生産者と消費者の双方が納得できる合意的を見出し価格を決定する取り組みが必要だとした。
 ただし、価格で労働費まで賄うには価格転嫁だけではどういもならず、「国による直接所得支払いが不可欠」として危機的な状況にある農業者を支えるには即効性のある直接支払いなど施策がないと「間に合わない」と危機感を示した。

多様な担い手で農業振興

 茨城県のJA常陸の秋山豊組合長は「多様な担い手育成を通じた地域農業振興」と題して報告した。
 同JAでは枝物部会が盛んだ。石川幸太郎部会長が高齢化と耕作放棄が進む中山間地域の農業再生策として「枝物」に注目し1人で始めた。
 栽培品目は「奥久慈の花桃」、「柳類」を代表として約250品目以上を出荷している。部員は144名だが、家族も含めれば300人以上が枝物づくりに携わっているという。3.8haからスタートし現在は78haまで拡大、耕作放棄地に苗を植え、耕作放棄地がゼロとなった地域もある。部会の販売額は22年度で2億円を超えた。30代、40代の新規就農者も誕生しているが、最初はJAが直売所スタッフとして雇用するなど担い手を定着させる努力をしてきた。
 部会のスローガンは「心が伝わる産地をめざして」。地域への貢献を力を入れている。
 そのほかJAの子会社を始め、有機農業の推進と学校給食への供給の取り組みも進んでいる。JAと行政が両輪となった取り組みで常陸大宮市内の15校に有機米を100%提供する取り組みを進めている。24年産では9.3haを作付けを予定している。JA常陸は有機ブランド米「ゆうき凜々」として今年産から販売する予定としている。
 ただ、学校給食への提供では、天候の問題で計画どおりに生産できない際への対応や、給食センターの整備、低温貯蔵庫の建設など課題もまだ多い。秋山組合長は「有機栽培に取り組むことがTPP時代、SDGs時代における日本農民の生き残る道であるなら、誰かが挑戦し国民を挙げた運動にする必要がある」と強調した。

コウノトリと共生する

 JAたじまの西谷浩喜常務は「コウノトリがつなぐ地域と農業」をテーマに報告した。
 同JA管内の豊岡市では1971年に野生のコウノトリが絶滅した。
 地域ではコウノトリの絶滅要因を真摯に受け止め慣行農法を見直すことにし、農薬や化学肥料の削減と生き物を増やす工夫に取り組んだ。
 試行錯誤のうえ、コウノトリ育む農法として、農薬の栽培期間中の不使用か7.5割減、化学肥料の栽培期間中の不使用、種子の温湯消毒、早期湛水、冬期湛水などを要件とした。
 慣行栽培と比べ水田に水が張られている期間が圧倒的に多くなり、消費者も生き物調査に参加して、安全な米と生き物を同時に育む農法として理解を広げた。コープこうべからの以来で特別栽培米を作ったことをきっかけに、現在では17種類を超える特別栽培米が管内で作付けされ、契約栽培とJA直売ルートも増えていった。
 JAは直接販売するために米穀課を設置し、2022年度では全体の約30%が直接販売となっている。
JAが組合員に支払う概算金は慣行栽培を1とすると、有機JAS米は1.9としているという。販売面ではその価値を理解してもらえるよう生協や量販店での販売促進活動に力を入れている。
 2007年からはコウノトリ育む農法を勉強した生徒が市長に直談判し学校給食に使用されるようになった。それが給食費の値上げにならないよう品種を多収品種の「つきあかり」に切り替えた。地元の米を食べることによって地域の環境も守られるということを生徒たちが理解した成果だと西谷常務は話し「生物多様性を守るトップランナーとして日本の農業を次世代に継承していきたい」と話した。
 3つの報告を受けたディスカッションでは、協同組合間連携による適正価格の形成や、耕畜連携などによる農業振興といったボトムアップで具体的な動きを作り出し、基本法をめぐる参議院の審議では少しでも修正を実現する動きを作り出すことの重要性だとの意見が出された(各報告の概要は近日中に掲載)。
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